THE FATES

3.異端(4)

 空から舞い降りてきた玲妥は、辺りの様子に異変を嗅ぎ取り、地に足をつけるより早く由稀に抱きついた。
「どうしたの、何があったの」
「大丈夫。もう何もないよ」
 そう言って頭をくしゃりと撫でてやった。続いて降りてきた加依は羅依と亜須久の姿を確認すると、すぐにも倒れている男のそばへ膝をついた。微動だにしない。息をしているのかすら疑わしかった。加依は男の腕を掴み、脈を取った。頼りないが、拍動を感じられた。
「あなたがやったんですか」
 加依は倒れている男の足元に立つ、線の細い男に問いかけた。しかし返事はない。加依はしかたなく腰を上げると、彼に向き直った。
「どうなんですか、鬼使・瞬」
 広場に起こる音はなく、風もここを避けて吹くようだった。閉じられた空間の中で、羅依は息が詰まりそうになった。喉の奥で鼓動が逸る。
 瞬は呆れて一息つくと、緩く前髪を押し上げた。指の隙間から絹糸のような髪が流れ落ちる。
「俺がやった。これで満足か」
「殺すのですか」
「その気があるなら、とっくにやってる」
「ですが、この人は」
「心配するな。俺ならすぐに消える」
 瞬は加依の言葉を遮って、強く言った。
「あては、あるのか」
 焦り気味な声に一番驚いたのは羅依自身だった。堪えて瞬を見つめる。
「何の皮肉だ」
 言い返されて、羅依は息を呑んだ。考えてみれば、あてのある彼がここへ来るとは思えなかった。
「どうせないなら、一緒にいればいい」
「羅依」
 加依は思わず間に入った。
「正気ですか」
 羅依の腕を正面から掴み、加依は妹を揺さぶった。羅依は首を振って、瞬に向き直った。
「だって、あんな奴らに手こずるお前を、一人にはできないだろう。まさか忘れたはずはないよな。お前を殺すのはこの俺だ。俺の知らないところでお前を死なせたりしない」
 口から溢れる言葉が、自分のものでないように感じられた。体の奥で何か粘りのあるものが渦巻いていた。かき分けて進めば正体を掴める気がする。けれどそれはとても恐ろしいことに思えて、羅依は尻込みをした。
 瞬は大きな手で額を押さえ、顔を歪めた。
「それは出来ない」
「どうして」
「どうしても。無理なんだ」
 吐き捨てるように言うと、瞬は自分の周りに黄色く光る輪を作った。羅依は移動法と直観した。このままではまた瞬はどこか知らないところへ行ってしまう。そう思って羅依は手を伸ばそうとするが、加依が頑なに道を譲ろうとしなかった。
「いればいいじゃねぇか」
 そう言ったのは由稀だった。
「いる理由がないなら、去る理由だってないんじゃないのか。今回の礼として羅依の望みを聞くのは、お前にとって理由にならないのか」
 すぐに賛同するのが憚れるほど、由稀の発想は突飛で筋が通っていた。瞬の光の輪が徐々に闇に溶暗していく。
「由稀の言うとおりだ。それに今の俺たちにはあらゆる意味で力が必要だ。そっちには求める全ての能力があるように見える。本当にあてがないなら、協力してくれないか、鬼使・瞬」
 亜須久は瞬に対する純粋な興味を捨て切れなかった。だが瞬にとっては、残酷な衝動だった。懐かしさに囚われ、自らの罪に蓋をしてしまう気がした。幸せに浸る罪を、繰り返すのは躊躇われた。しかし魂が渇望する。助けてくれと懇願する。また逃げるのかと罵倒しても、それは泣いて仲間を欲した。自分の弱さを痛感した。
「お前たちだけが得をしないか」
「いや、お前には仮ではあるが場所が出来る。違うか、鬼使」
 亜須久は抑揚のない声で訴えた。瞬はきつく地面を睨む。
「鬼使とは呼ぶな。それが、条件だ」
 そう言って瞬は、不敵な笑みを浮かべていた。

3章:異端・終