THE FATES

1.始動(3)

 玲妥はカウンターに花を飾りながら後ろを振り返り、客の男をくまなく観察していた。服装から、この辺りの者でないことは明らかだった。暗い双眸はじっと手元を見つめて動かない。玲妥は彼の様子を窺いながら、逆に見られている感を拭えなかった。少しでも不審な動きをとろうものなら、すぐにも襲われそうな予感を抱かせる。もしもあの男が賞金稼ぎだったら、そんな考えばかりが頭の中を占めていた。
「あのお客に、得意のあれはしないのか」
 思考を巡らせていた玲妥はすぐに反応できず、頭を小突かれて気付いた。
「あ、ごめん、何?」
 由稀は呆れて、なんでもないと投げ捨てる。そう言うと、玲妥が尋常になく気にすることをよく知ってのことだった。例によって玲妥は謎々の答えを隠された子供のように聞いてきた。由稀はにやりと笑う。
「得意の占いはしないのか」
 言うと玲妥はふくれた。
「馬鹿にしてるでしょ」
「してないよ」
 玲妥はちらりと男の方を見てから、由稀の耳元に唇を近付け言った。
「だって、なんか怖くって」
 肩までの金髪が揺れた。扉が開く。
「いらっしゃいませ」

 次に店にやってきたのは淡紫色の長髪と目の、魔族の男だった。髪は腰まで伸びていて、それを首の付け根で束ねている。背は高くない。非常に淡泊な顔立ちで、女のように細い輪郭をもっていた。
 男は店をぐるりと見渡すと、カウンターに腰を下ろした。
「ご注文は」
 由稀は相手の顔も見ずに、グラスを拭きながら聞く。そのグラスを置くと、やけに感じる視線を辿って由稀は顔をあげた。魔族の男が食い入るような顔で由稀を見ている。
 あからさまに由稀が不快を顔に出すと、男は楽しむような顔で薄く笑い、
「セイル茶」
 と言って髪をかきあげた。魔族特有の訛りもなく、想像より声が高かった。本当は見た目より若いのかも知れない。
 由稀は茶器に入っているセイル茶をカップに注いだ。白いカップにセイル茶の明るい茶色が映える。
「どうぞ」
 一瞬の出来事だった。由稀が男の前にカップを置き、手を離した瞬間、男は信じられない速さで由稀の懐に潜り込み、カウンター越しに由稀の襟首を掴んできた。
 玲妥が悲鳴をあげた。
「なっ」
「見つけたぞ、五百スタンの首」
 いつの間にか、手には小刀が握られていた。男は口を歪めて笑う。
「賞金首なら賞金首らしく、地味な格好をしておくんだな。その髪と目じゃ、俺たちに見つけてくれと言ってるようなものだ」
「お言葉だけど、俺は生まれた時からこの髪と目なんでね」
 由稀の額には汗が滲んだ。近寄りかけた玲妥を目で留まらせて、由稀は正面から男を見た。改めて見ると、彼の淡紫色の瞳は笑っていなかった。

「魔族でもないのにその色か」
「あぁ。綺麗だろう」
 由稀がそう言うと、男は鼻で笑った。由稀の火照る体の中で、小刀をあてがわれた首筋だけが凍るようだった。体勢の不利な由稀は、自慢の運動神経を活かせない。
 奥のテーブルに座っている男は、じっとこちらを眺めている。視線が合ったが、助ける素振りもない。
 目に涙を溜めた玲妥が、扉の方へ駆け出した。誰かを呼んでくるつもりだ。魔族の男がそれを目で追う。危害を加える気はなさそうだ。しかし玲妥は外へは出られなかった。
「邪魔よっ」
 扉の前には、奥のテーブルに座っていたはずの男が立っていた。男のすばやい身のこなしに驚き、由稀は声も出せなかった。
 黒ずくめの男は玲妥を椅子に座らせると、一歩彼らに足を踏み出した。一度座ってしまった玲妥は、糸が切れてもう立てない。男は二歩三歩と近付いた。
「止まれ」
 ついに魔族の男が声を発した。しかし小刀は相変わらず由稀の首筋にある。それでも黒ずくめの男は立ち止まろうとはしない。魔族の男は歯を食いしばり、矢のような鋭さで男を見た。それを男は軽くかわす。
「威勢がいいな、羅依(らい)
 それが男の名前のようだった。しかし知り合いというわけではなさそうだった。魔族の男は名前を知られていたことで、長身の男に対して警戒を強める。
「何者だ」
「とりあえず由稀から離れてもらおう。そうすれば説明をしてやる」
 黒ずくめの男は羅依に向かって手を差し伸べた。しかし羅依は小刀を渡すどころか、それを持つ手で由稀の襟首を持つと、コートの裏から同じ造りの小刀を出し、男に向かって投げようとした。
 俄かに空間が歪む。
 由稀には何が起こったのかわからなかった。
 羅依は由稀から手を離し、苦痛の呻きをあげて床に座り込んだ。両手に持っていた小刀を両方とも手放し、今は自分の腕を抱えるようにしている。由稀は、はっと男を見た。
「あんた、一体何を」
 男は気付いて少し顔を和らげる。
「しばらく店を貸し切りにさせてもらうが、いいか?」

 店の扉には準備中の札が下がり、鍵がかけられた。
 黒ずくめの男は、夜上(やじょう)亜須久(あすく)と名乗った。名前から橙亜(とうあ)国の出身だと知れた。
 あれから羅依という賞金稼ぎは一言も喋らない。大人しく椅子に座ってはいるが、いつ店を飛び出すかわからない。玲妥はようやく落ち着きを取り戻し、由稀の隣で膝を抱えていた。彼女の髪を撫でながら、由稀は真っ直ぐに亜須久を見つめていた。
「で、何の用なんだ」
 男は由稀の問いに対して、ゆっくり一同を見渡すと軽く息を吐いた。
「『血に導かれしその者たち、強大なる力を持ちて、すべての世界あやつらん、守護人ありてその者たちと共に魔を滅ぼす』──知っているか?」
 男が抑揚なく言ったのは、古くからアミティスに伝わる伝説の序文だった。
「知らない奴を探す方が大変だろう」
 そう言う由稀もそして玲妥も、嫌と言うほど店主夫婦に聞かされてきた。
「そうか、それなら話が早い」
「へ?」
「俺はアシリカの神殿から、お前たち三人を探しに来た。由稀、この序文の内容を解説出来るか」
「生まれたときから定められた、番人の血を引く者が世界の混乱を治めて、守護人と一緒に罪人を裁いて逆賊世界に堕とす、ってやつか? それと何の関係が」
 亜須久は頷いた。
「簡潔に言うと、お前たち三人とそして俺が、その番人だ」
 由稀は耳を疑った。そして次には亜須久の神経を疑った。そんなこと正気で口には出来ない。
 突然、それまで沈黙を貫いていた羅依が喉の奥で低く笑った。明らかに亜須久に対する侮蔑の色が含まれている。
「一儲けできる話かと思いきや、そんなこと、二、三才のガキに言っても笑われるぞ」
 言って羅依は席を立ち、背を向ける。その後ろ姿を視野の隅に捕らえながら、
「羅依、お前の素性をここで並べ上げてやろうか。まず魔族と人間の混血であること」
 羅依の動きが止まった。亜須久は続ける。
「そして動きにくいのに、わざわざそんな背の高い靴を履いているのは」
「黙れっ」
 苦しそうな声で羅依が叫んだ。亜須久が少し笑む。
「話の続きを聞いてくれるか」
 羅依は彼らに背を向けたまま、そこに立ち尽くした。

「なぜ俺たちが番人に選ばれたのかというと、それはさっきも羅依に言ったが、混血ということだ。羅依は魔族と人間の、玲妥は精霊族と人間の、由稀は竜族と魔族の、そして俺が竜族と人間の混血だ。あとはある人の言葉が原因なんだが、今は伏せておこう。神殿についたら本人から聞くといい」
 そこまでを一気に言って、亜須久は彼らを順に見た。そして軽くため息。
「信じにくいのはわかる。俺だって話を聞いた時、相手の神経を疑った。それが普通の反応だ。でも、もしかしたら」
 声音が急にぐらついた。
「今でも騙されてるのかもな。上手いこと言われて、本当はただ囮の諜報部員にさせられているのかも知れない。それでも俺は騙されて良かったと思っている」
 亜須久は艶やかな黒髪をかきあげて、嬉しそうに笑んだ。
 その瞬間、玲妥は刹那の白日夢を見た。彼女がそれを見ることは珍しくない。ただそれが彼女の原動力になるのは初めてだった。デジャブか妄想か、疑うこともない。彼女はじっと手を見つめると、小さく呟いた。
「なに?  玲妥」
 由稀が聞きつけた。じっと黙り込む玲妥に、由稀は違和感を覚える。
「玲妥?」
 怪訝に思って覗き込もうとしたとき、玲妥は急に面をあげた。間近で目が合う。
「行こうよ、由稀」
「え」
 言葉に含まれた強い意志が由稀には不可解だった。それに乗じて亜須久は羅依を見た。
「見返りが、報酬が欲しいというなら、それは用意させてもらう。ただそれは金じゃなく、お前の罪を拭う手伝いをしてやるという方法でな」
 羅依がきつく亜須久を見る。亜須久はその強い視線を正面から受け止めた。避けようとしない亜須久に、羅依の方が根負けをした。小さくため息をつく。
「金の方が安上がりだと思うが」
「さぁ、それはどうかな」
 亜須久が視線を他方へやると、どうやら由稀は玲妥の勢いに負けたようだった。苦笑を浮かべ、玲妥を落ち着かせている。
「上等だ」
 亜須久は想像よりも上手く纏ったことに、ほっと胸をなで下ろした。

1章:始動・終