THE FATES

9.鎮魂(4)

 男が一人、馬車の陰から歩み出た。にこやかに微笑みながら、両手を上げる。見かけない服装だった。
「すごいなぁ。どうやってわかりました」
 朗らかに驚いて、男は銃の真ん前まで進む。
「止まりなさい。撃ちます」
 葉利の声に、焦りが滲んだ。
「いいよ。どうせ役に立たないよ」
 男の手が銃に伸びて、銃口が伏せられた。葉利は屈辱に顔を赤らめた。
「なんやねん、お前。誰や」
「凍馬といいます。鬼使を、殺しに来ました」
「は」
 不破は開いた口が塞がらなかった。凍馬は止めを刺すように微笑んで、後ろを振り返った。
「すみません、見つかってしまいました」
 建物の隙間から、二つの人影が生まれ出る。黒い髪の女と、派手やかな橙色の髪の青年だった。
 凍馬は葉利と不破に向き直り、眼差しに笑みを含めた。
「冗談。でもあいつを元に戻すことができるよ」
「何や、どういうことやねん」
「鬼使を封じ込める唯一の方法を持ってる。そういうこと。だから片棒、担いでみない」
 口振りは軽いが、麦色の瞳は真剣だった。不破は葉利と顔を見合わせて、返答に窮した。
「担ぎましょう」
 割り込んだのは、青竜だった。黒い瞳の奥は、閉ざされて匂いもない。不破には青竜の快諾が理解できない。
「お前、何を」
「但し条件があります。彼を出来るだけ無傷で救出していただきたい」
「彼って」
 凍馬は青竜の向こう、表通りを眺めやる。先には由稀の姿があった。
「すげぇ色」
 合流した橙色の髪の青年が小さく呟いた。凍馬は失笑して鼻の頭を軽く撫でた。
「もうだいぶ傷だらけだよ」
「大丈夫です。竜族(りゅうぞく)には優れた再生能力がありますから」
「ふぅん」
「お願いできますか」
 取り乱すことはしない。だが青竜の呼吸は速く、手は汗ばんだ。凍馬の和やかで鋭い視線を、警戒する余裕もなかった。
「いいよ」
 青竜の顔を食い入るように見つめて、凍馬は受けた。青竜は胸の奥で安堵の息をついた。葉利の肩に手を置く。
「私はこれからメプトリアに戻ります」
「え、なぜ」
「報告と対応に当たります」
「では、移動法で」
「いいえ、大丈夫です。ここを頼みます」
 そう言うと青竜は足早に馬車へと寄った。一頭の金具を外し、車と切り離す。
「全てが終わりましたら、人目につかないところへ移動を。馬車はもう出ているんですよね。不破、誘導をお願いします」
「どういうことや」
 手綱を解き、青竜は鬣を掴んで馬の背に跨った。艶のある栗毛の馬は、いきって鼻を鳴らした。
「そんなん、思念所つこたらええやないか」
「それでは間に合いません」
「はぁ、なんやそれ」
 不快なほどに強引だった。不破は厭わしさに顔を歪めた。青竜は構わずに、馬の腹を蹴った。高く嘶き、前足を振り上げる。筋肉が躍動した。
「おい、青竜」
 呼び止める声など無視をして、青竜は駆け出した。馬蹄が遠ざかる。路地を曲がって姿は消えた。不破は頭を抱えて、恨めしそうに凍馬を見た。
「行ってしもたやんか」
「俺のせいじゃないよ。ひどいなぁ」
「もっと反応とか見たかったのになぁ。しゃあない、緊急事態やしな」
 立ち直りは早かった。不破は両手で頬を叩き、快活に笑った。
「具体的には、どないすんねん」
「そうだね。まずは気付かれないように結界を無効化しようか。じゃないと誰も近づけないからね」
 晴れやかに話す凍馬を、不破は直視できなくなった。思わず嘲笑が洩れた。
「そんなん、出来るわけないやん」
 不破は咳払いしてごまかす。凍馬は一切動じすに、小首を傾げた。
「出来るよ」
 よく通る声は自信に満ちていた。麦色の瞳はどこまでも真っ直ぐで清浄だったが、度を越すと性質は歪に捩れて見えた。
「他の誰にも出来ないこと、俺と彼女には出来るよ」
 凍馬は後ろにいる黒髪の女性を振り返る。
「茜さんと、あと、こっちが紅くん」
 紹介を受けて、茜は丁寧に礼をした。不破は慌てて頭を下げる。葉利は軍隊仕込みの敬礼で返した。
 断続的に続いていた地響きが激しくなる。体が浮き上がるほどの衝撃に、凍馬の顔色が変わった。
「もう、あまり猶予はないね。他にお仲間はいるのかな」
「おるはずやで」
「ねぇ軍人さん。お仲間に言ってくれないかな。《気波動》で結界を攻撃する真似事をしてって。なるべく、瞬が知ってる《気波動》がいいんだ」
「はい、わかりました」
 葉利は顎を引いて頷いた。不破は結界ぎりぎりまで顔を出して、通りを見渡す。
「あれ、足らんわ」
「足りない、とは」
 凍馬は眉を上げて促す。不破は指差して数える。
「あと二人おるはずやねんけどな」
「避難したのかも」
 茜の言葉に、不破は納得して唸った。
「せやな。おらんのは玲妥ちゃんと加依や。この状況なら考えられる」
「どこかに隠れてるかもしれないんだね」
「多分な」
「だったら、紅くん」
 凍馬は後ろにいる紅に声をかけた。だが紅は返事もしない。黒い眼鏡が彼の表情を覆い隠している。凍馬はやわらかく微笑む。
「探してきて」
「は」
 不破は紅のだらしない返事に茫然とした。紅は癖のない作り物のような髪を、けだるい様子でかきあげた。
「知ってるんだろ。俺が何も出来ないって」
「あぁ、知ってるよ」
「それでも俺にやれって言うの」
「君にしか探せないと思うよ」
 そう言って凍馬は更に穏やかに笑った。紅は薄い唇を尖らせて諦めた。
「どんな奴」
 不破は自分に向けられた言葉だと、すぐには思わなかった。紅はやや俯いて、手指を掻いていた。事態を考慮して、腹立たしさを飲み込む。
「ひとりは金髪の女の子。もうひとりは、俺より少し背が高い兄ちゃんで、変な髪の色や」
「下手な説明」
 紅は首の骨を鳴らして呟く。
「何やて」
「よくわかったよ」
 紅は背を向けてふらふらと歩き出す。角を曲がって消える。不破は怒りを通り越して、唖然とした。初対面のしかも年下相手に、なぜこんなにも横柄な態度を取られるのか、不破には理解も想像もできなかった。
「さて、話を戻そうか」
 場違いな明るさで凍馬が言った。
「《気波動》のこと、説明を求められた場合、どう説明するのですか」
「何とか隠れ蓑にしたい、それだけ。俺はこっちで結界を解く」
「ほんまかいな。信用できんな」
 本心でもあったが、八つ当たりに近かった。しかしそれすらも凍馬には笑顔でいなされた。
「構わないよ」
 彼の言葉にではなく明るさに、不破は閉口した。
「信用があろうとなかろうと、目的は一つだ」
 凍馬は視線を茜に流す。
「結界を解いた後は、任せましたよ」
「ええ」
 しっかりと頷く彼女を見て、不破はひどく混乱した。
「あかん、もう色んなことがわからんすぎる」
「不破さんはそばで《気波動》を操って。結界を突破したら鬼使を封じる」
 凍馬は表通りを眩しげに見つめる。
「さぁ、奴に鎮魂の歌を手向けよう」