THE FATES

interlude.残像(10)

 天井から縄が下がり、一人の少女が手首を繋がれていた。服は裂いたように破れ、表情に若さの輝きはなかった。目の下は黒く、頬は窶れ、髪に艶はない。首はうな垂れ、微塵も動かない。生きているのか死んでいるのかもわからなかった。
 少女の前には、結蘭がいた。手には短い鞭を握っていた。
「さぁ、見えるものを話しなさい」
 少女の細い体を鞭打つ。服から覗く白い肌には、赤い筋が浮いていた。
「利巧なの、馬鹿なの」
 結蘭は鼻で笑って、少女の顎を掴んで顔を引き寄せた。爪が、少女の肌に食い込む。少女は翠緑の瞳で結蘭を見つめた。
「早く殺せ。私はこれ以上、あの人の記憶見をしたくない」
 渇きで、声は嗄れていた。
「あら、かわいそうに。喉が渇いたのね」
 そう言うと結蘭は少女に強引に口づけた。無理矢理に口をこじ開け、舌を差し入れる。口中を舐めまわして、少女の舌に歯を立てた。少女は顔を顰めた。結蘭は唇を離して、少女の頬に血の混じった唾をかけた。
「死ぬって大変よ。今のより、ずっと痛いんだから。龍羅飛は特にしぶといそうよ。自殺なんてもってのほか。ただ苦しみもがくだけだわ。かわいそうな人たち。深い深い業のせいね」
「違うわ。私たち龍羅飛は神に愛された種族よ。守られているの」
 少女の真剣な眼差しに、結蘭は腹を抱えて笑った。
「何も知らない、箱入りのお利巧さん。この世はね、力が全てなの。神も愛も、ただの幻想よ。弱者の逃げ道だわ」
「かわいそうな女」
 静かな呟きに、結蘭は声を潜めた。少女は顔を上げ、慈しむように結蘭を見た。結蘭は頬にかかる髪を払って、少女を睨みつけた。
「誰の話」
「あなたよ。神のご威光も、世界の愛も知らないで、孤独に慣れて存在するあなたがかわいそう」
 鞭が少女の頬を打った。
「煩い!」
 金切り声をあげ、結蘭は息が切れるほど少女に鞭を浴びせた。それでも足りずに、結蘭は少女の細い首を絞めた。少女が空気を求めて喘ぐ。顔色は赤くなったかと思えば、次第に青くなった。体を揺らして抵抗していたが、しばらくして少女はぐったりとし、動かなくなった。結蘭は肩で息をし、少女の髪を掴んで顔を上向かせた。少女は涙を浮かべて、あどけない瞳で結蘭を見つめる。
「その目をやめなさい!」
 声を荒げて、少女の頭を柱に押し付ける。擦り付けて、何度も打ち付ける。しかし少女の視線は変わらない。結蘭は鞭を投げ捨て、少女の翠緑の瞳に指を突き立てた。
「ああぁ!」
 少女は甲走った悲鳴をあげた。結蘭は指を奥まで押し込んで、目を抉り出した。眼窩と眼球を神経とぬめりが繋いでいた。悲鳴は息だけになって続いた。
「愛なんて、くだらないわ」
 結蘭は眼球の鎖を引き千切った。少女の体が激しく痙攣した。温もりを保ったまま、手の中で眼球が縮んでいく。体液がすべり落ち、水分が蒸発し、やがて石のように硬くなった。
「この化け物!」
 罵って、少女の腹を蹴る。少女はゆっくりと顔をあげた。片頬は、血で真っ赤に染まっていた。結蘭は片目を瞑って、龍眼を光に翳した。
「さぁ、神様に乞いなさい。助けてって言いなさいよ」
「馬鹿ね。神様はきちんと見ておられるのよ。全てのものを平等に、愛する眼差しで」
「生意気」
 結蘭は残る龍眼もと手を上げたが、後ろから女が二人駆け寄ってとめた。
「おやめ下さい。梅煉がまた街に出てきております。記憶見をさせましょう!」
 結蘭は我に返り、女たちの腕を振り払った。乱れた髪を整える。
「記憶見はもういいの。代わりに梅煉に餌を撒くわ。必ず食いつくはずよ。男を何人か連れてきて。この化け物で遊ばせてあげなさい。窓を開けておくの。よく見えるようにね」
 女たちは顔を凍らせて言葉に詰まった。結蘭は龍眼を舐める。舌触りに興奮を覚える。
「出来ないとは言わせないわ。これは命令よ」
 結蘭は鼻歌まじりに部屋をあとにした。

 街は人に溢れていた。梅煉は食材の買い出しと仕事の話を兼ねて、街を訪れていた。
 結蘭が結界師になってから、街は急速に発展した。王家領でしか扱われていない品物も置くようになった。梅煉にはその善し悪しは判断できなかった。
 腰の辺りに何かがぶつかったと思うと、子供が前へ走っていった。すぐに銭入れを探すが、ない。すられた。
「こら、待ちな」
 腕を振り上げて梅煉は走り出した。人込みをかき分けて、少年を追う。商店の通りから、住宅区へ逃げ込む。道は細かく、曲がり角ばかりだったが、ちょうど実家のすぐ近くだった。迷うことなく少年を追い詰める。角を曲がった少年を見て、梅煉は心の中で喜んだ。そこは行き止まりだ。
「逃がしゃしないよ」
 勢い込んで角を曲がるも、そこに少年の姿はなかった。
「あれ」
 梅煉は呆然と立ち尽くした。隠れるような場所はなかった。
「どこに行ったんだい」
 塀の際に木箱が重ねられていた。そこに泥を見つけた。梅煉はほくそ笑んだ。
「やることが子供だねぇ」
 抱えていた食材を降ろし、木箱の強度を踏んで確かめる。いくらかたわむが、梅煉は覚悟を決めて上に乗った。
「やっぱり怖い」
 早口で呟いて、塀にしがみつく。体半分乗り越えて、進むのをやめた。そこは結蘭の屋敷だった。銭入れの中身を思い返し、追跡を諦めた。大した額ではない。
「落としたとでも思うとするか」
 深くため息をついて、木箱の場所を確かめる。爪先を伸ばす。屋敷から、女の悲鳴がした。梅煉はあと少しで木箱に届く足をとめた。自分には関係ないことと心に言い聞かせても、すでに体は敷地内に降り立っていた。悲鳴の聞こえた方を探して、屋敷の周囲を窺う。人の姿はほとんどなかった。
 壁を伝っていくと、一ヶ所窓が開いていた。声はそこから聞こえていた。窓の位置は高く、大柄な梅煉にも背伸びをしなければ中は見えなかった。気付かれないように爪先立ちになって、部屋を覗く。黒髪の少女が数人の男に輪姦されていた。
「なんてことを」
 梅煉は怒りに駆られて、窓に身を乗り出した。
「あんたたち……!」
 草を踏む音がした。あっと思ったときには、背後から殴られた。頭部に激痛が走り、梅煉は芝に転がった。もう一度、頭を殴られる。そこで意識は途切れた。