THE FATES

13.細波(8)

 ネリオズ宮殿の広い食堂で、由稀と紅は朝食をとっていた。朝のやわらかい光が射し込み、海からの涼しい風が舞い込む。二人は競い合うように皿を平らげると、眠気覚ましにセイル茶を飲んだ。
「あれから、どうだよ」
 由稀は隣で茶をつぐ紅に問いかけた。
「どうって」
 起き抜けの紅は、昼間以上に機嫌が悪い。声も普段より低かった。
「茜さんのことだよ。もう十日くらい経つだろう」
「そうだな」
 紅は腰に下げた小さな鞄から銀色のケースを取り出し、煙草に火をつけた。眠そうに目をこする。
「話せたのか」
「一応は。でも話したからって、どうにもならねぇよ」
 ふんわりと浮かぶ紫煙を、紅はぼんやりと見つめている。由稀もつられてそれを眺めた。脳裏に十日前の夕焼けが広がる。そしてあの日の紅の暗い瞳が思い出された。
 由稀は食卓の上に上半身を預けると、窓の向こうにある中庭を見た。宮殿内は一日の始まりとあって、皆が忙しそうに行き来している。由稀はその中に青竜の姿を見つけ、起き上がった。
「おい、紅。いいこと思いついた」
「なんだよ」
 紅の新緑の瞳は眠気から覚め、今日という輝きを蓄え始めていた。
「地下書庫に行こう」
 由稀は両手で机を叩きながら、紅に訴えかける。顔には少年らしい無邪気さがあった。
「たくさん本があるなら、茜さんの病気のことだってわかるかもしれないだろ」
「はぁ?」
 紅は由稀とは対照的にくわえ煙草で眉を顰めた。
「入れないだろ」
 めりはりのない動きで紅は首を回す。
「青竜くらいしか入れないって聞いたけど」
「だから、その青竜に頼んでみるんだよ」
 由稀は自分の着想に満足し、自信に満ちた目で紅を見つめる。その真っ直ぐな空色に紅はため息をついて煙草を消した。
「好かないんだよな、あいつ」
 腕を突き出して伸びをすると、紅は器に残っていた茶を一気に飲み干す。
「何考えてるのかわかんねぇ。気持ち悪いよ」
「それでも茜さんを助けられるかもしれないんだぞ」
 由稀の一言に、紅は腕を組んで唸る。しかしすぐに浅はかな着想に思い当たると、由稀を横目で睨みつけた。
「お前が行きたいんだろ」
「えっ」
 思わず声に出してしまった。由稀は失態に頭を抱える。紅はにやにやと笑いながら由稀の背中を叩いた。
「下心見えまくり。前に羅依から聞いたよ。本専門の盗賊だったんだろ」
「ついでだよ、ついで」
 自分の思惑が露見したとなると由稀は態度を一変させ、紅に向かって手を合わせた。紅は一つ息をつく。
「しょうがねぇなぁ」
 ぼそぼそと呟き、紅は立ち上がった。由稀は満面に笑みを浮かべて紅に続いた。二人は連れだって食堂をあとにする。
「茜さんのためだからな」
「はいはい、茜が口実な」
「違うって」
 言いかけて、由稀が突然立ち止まった。前を歩いていた紅が怪訝に思い振り返る。由稀は廊下の真ん中で胸を押さえて立ち尽くしていた。
「どうした」
「いや、なんでも」
 そう言っているそばから、由稀は顔を歪める。さすがの紅も茶化す気持ちにはなれなかった。
「先に軍舎に行って、診てもらうか」
「もう大丈夫」
 由稀は顔を上げて紅に追いついた。紅はそのしっかりとした表情に安心して、執拗に勧めることはしない。
「まぁ、お前の勝手だけど」
 紅は呆れた様子で歩き出す。
「大丈夫、大丈夫」
 へらへらと笑う陰で、由稀は額に浮いた玉のような汗を密かに拭った。