THE FATES

2.邂逅(11)

 曲線状に組まれた柵の前に立ち、羅依は伸びやかに咲く花々を見上げた。虫が花の中へ潜り込み、黄色い粉を体中にまとって飛び去っていく。羅依は柵の中を進んだ。葉を透けて届くほどの光がない。仰いだ空は濃い緑に染まる。羅依はその色に瞬の瞳を重ね見た。城を振り返る。やわらかい彼の髪が揺れていた。掴まれた腕をさする。指の跡が熱い。瞬の横に立つ男がこちらへ顔を向けた。羅依は彼らに背を向けて葉に触れた。表面は紙のようにかさついていた。
 男の、黒と見まがう濃紺の瞳は穏やかで、同時にひどく冷たかった。羅依はそれを見たとき、海で見た瞬を思い出したのだった。息を吹き込み、再び開かれた深緑の瞳は、世界の全てを許す広がりと、水のような冷たさを併せ持っていた。今から思えば、あれは落胆の表情だった。途切れたと思った生が、またも繋がったことへの嘆きと諦め。しかしあの時の羅依は、瞬が息を吹き返したことにただ歓喜していた。なんて浅はかなのだろう。
 爪先立ちになって手を伸ばすと、いちばん高い場所で咲く花に手が届いた。瑞々しい花弁に鼓動が感じられた。もう少しこの場で咲かせてやりたいと思い、他を探すことにした。
 羅依は素直に瞬の指示に従っている自分がみじめだった。少しでも瞬のことが知りたい気持ちから、言葉がわからないなりに二人の会話をそばで感じたかった。だがそれすらも強引に拒まれては、羅依に手立てはなかった。
 城壁と同じ錆色の煉瓦で組まれた花壇には、目移りするほどの花が風に揺らいでいた。その中から、生を全うして閉じようとしているものを中心に、様々な色を織り交ぜて、羅依は花を摘んだ。外からでは届かないので、そっと花の群れに入る。背の高い花も多く、しゃがむと羅依の体が隠れるほどだった。一つ一つ選びながら、茎の根元に短刀をあてがい、命を摘む。花を抱く腕は濡れた。青い匂いと甘い匂いが混ざり、妙な生臭さを感じた。羅依は汁で青くなった爪を舐めた。舌に苦味が刺さった。
 赤い花の向こうに、瞬の姿を見る。耳朶から顎へかけての輪郭が、眩むほど官能的で、羅依は目を逸らせなくなった。いつから彼のことを目で追っていたのだろう。羅依は記憶に問う。気付けばいつも、彼を探していた。彼の遠くを見つめる瞳を見ていた。決して自分が映ることない深緑の瞳を。
 なぜこんなにも怖いのだろう。触れれば引き返せないと思うのだろう。
 引き返せる過去なんて、まだ何もないのに。
 舌に残った苦味が、痺れに変わる。羅依は花を抱くようにして自分の腕を抱き、涙のないまま、か細い声を漏らした。
 望みばかりが膨らんで、彼のために出来ることが何一つ見つからない。たとえばこれから、彼にどんな言葉をかければいいのか、どんな態度で接すればいいのか、それすらわからない。何も求められていないとわかっているから、どこにも踏み出せなかった。
 言葉が足りないことがある。態度が冷たいこともある。彼を苦しみの世界へ引きずり出したのだ。恨まれることは覚悟していた。だが、彼は優しかった。そして、優しすぎる眼差しから、深い拒絶を知った。もう、彼の海へ飛び込むことは出来なかった。
 頭上で鳥が高く鳴いた。羅依が空を仰ぐと、何度か見せつけるように旋回して、城の向こうへ飛び去った。羅依は鳥を目で追って、立ち上がった。鳥の尾が描く風の軌跡を雲に浮かべて、自分も空を飛びたいと思った。