THE FATES

3.萌芽(8)

 由稀(ゆうき)は、体を乗り出して詩桜(しおう)を見た。
「ちょっと、由稀。見すぎ」
 横から羅依(らい)が服を引っ張ったが、相手にしなかった。見られる詩桜は、居心地悪そうに、由稀から顔を逸らした。
 由稀は瞬に向き直った。
「お前の兄貴ってのは、義理か」
「いや、そうじゃない」
「じゃあ、どうして」
 そこまで言って、由稀は横目に紅を見た。
龍羅飛(りゅうらひ)の特徴がないと言いたいんだろう」
 瞬の言葉に由稀は頷いた。
「特徴っていうか、目の色が全然違うじゃねぇか」
「全然ってわけでもないんだがな」
 瞬は語尾を濁して、紫煙を吐いた。
「俺も最初はそのことが気にかかった。龍羅飛のこの色は、たとえ血が混じろうともそう易々と消えるものじゃない」
 瞬の深緑の奥で孤独な優しさが歯を食いしばった。
「全ては仮定の話なんだが」
 そう前置きするも、瞬は言葉を選びすぎて言葉を失っているようだった。誰かをおもねるように、彼は眉を寄せた。一体誰を。由稀は自己嫌悪しながら、それは瞬自身ではないかと勘繰った。
「まどろっこしいんだから」
 梅煉が前のめりになって、長卓に頬杖をついた。
「あのね、あんたらも龍仰鏡っての知ってるだろ。それを昔は瞬のお兄さんが持ってたんだよ」
「え、あれは瞬のものじゃないのか」
「いや、瞬のものなんだよ。でも色々と事情があってね。代わりにお兄さんが、(えん)が持ってたんだ。だけど彼には荷が重かったんだろうね。彼自身も髪の色素は抜けていたし、肌も日焼けがひどかった。その色素の異常が、詩桜にまで残ったのさ」
「おそらく、な」
「ばか。かっこばかりつけてるんじゃないよ」
 少女のように怒ると、梅煉は瞬の頭を小突いた。瞬はそれから逃げるように、背中を丸めた。由稀にはあまりにも衝撃的な光景だった。
 耳に、掠れた呟きが触れた。
「嘘だろ……」
 沈黙から抜けて紅が言った。
「ちょっと待てよ」
(こう)
 由稀の目に映った紅はひどく怯えた様子で、胸元を掴むように押さえていた。顔色は、揺れる灯火にてらてらと蠢いた。
「俺は、どうなる」
「どうって。どういうことだい」
 梅煉の問いかけに、瞬がすぐ答える気配はなかった。薄い唇に煙草を咥えたまま、瞬は紅を上目遣いに見た。
「答えろよ」
 勢いよく立ち上がると、紅は机を強く叩き、瞬に向かって飛び出した。一番近くにいた羅依がとっさに腕を引いた。椅子が引きずられるほどの激しさで紅が腕を払う。羅依も立ち上がり、腕を抱くように押さえ込んだ。伝わる体温は震えていた。
「お前は大丈夫だ」
 白々しさを演じているような瞬の口振りだった。紅は自由な手で羅依の手を引き剥がした。
「俺もそいつの親父みたいに、おかしくなるんじゃないのか」
「おい、紅。そんな言い方」
 羅依は諌めるが、紅に睨まれ思わず黙った。彼の目には戦う炎があった。瞬は白いため息を吐き出した。
 背の高い椅子に座っていた詩桜が、飛び降りて紅に寄った。意志の強い、灰色の瞳で紅を見上げる。
「何だよ」
「まるで子供ね。どれだけ偉いのか知らないけど、それじゃ宮の名前が泣くわ。ねぇ、考えたことあるの。龍羅飛の血を引くあなたが、どうして宮名をもらえたのか。どうやってそんなにも恵まれた環境でいられたのか。わかる?」
「はぁ?」
 唐突な問いに、紅は口をあけた。詩桜は紅の答えを待っている風ではなかった。
「瞬のおかげよ。瞬はあなたの居場所を守るために、この天水を――」
「詩桜」
 瞬の静かでしっかりとした声が響いた。詩桜は髪を揺らして振り返る。
「だって。だってすごく腹立つ」
「お前には関係ないことだ。黙っていてくれないか」
 それ以上、詩桜が口出すことはなかった。紅を睨み、一歩下がった。
 瞬は灰皿に灰を弾き、背筋を軽く伸ばした。
「お前は、兄貴の時とは違う。俺の意志でそこにある限り、大丈夫だ。もしも俺の意志が何らかの形で失われたとき、鏡はそこから自然に消えるだろう」
 煙草を手に持って瞬は静かに言った。
「わかったよ」
 派手やかな髪を掻き回して、紅は渋々引き下がった。
 羅依がゆらりと椅子に座る。彼女の俯いた横顔に違和感を覚え、由稀は顔を覗き込んだ。
「羅依?」
「ん、あ、何」
 振り向いた彼女の目には光がなく、這い出てきた不安に引きずられていた。
「元気ないけど」
「そ、そんなことねぇよ」
「何かあったら言えよ。何でも相談乗るから」
 気負うことない由稀の言葉に、羅依の頬はほんのり和らいだ。
「うん、ありがとう。あたしのことじゃないんだ。だから心配しないで」
 はにかんだ羅依は、由稀にとって見慣れることがないほど、いとしいものだった。
 由稀は、羅依の表情を豊かにする瞬に感謝しつつ、しかし密かに羨ましくもあった。