THE FATES

3.萌芽(11)

 眼下には廃墟が広がっていた。
 風が、強い。
 比古(ひこ)は被った外套をしっかり掴んで、高台から見下ろした。背後には深い森が迫っていた。
 赤茶色の煉瓦の残骸がうずたかくなり、道の名残が白く浮き上がって見えた。放射状に広がる道は、一際大きな残骸へ向かって収束している。そこには昔、異国調の城が聳えていた。濃い緑に囲まれ、整然とした街並みに、城は悠然と佇んでいた。初めて見たときの感動を、比古は今も鮮明に覚えていた。
「まるで燃える山のようだったな」
 比古は背後の彌夕(みゆう)に爽やかに言った。高い所が苦手な彼女は、比古よりも数歩下がった場所にいた。
「そうね。ここから見るのは初めてだけれど。街のどこからでも見えたわ」
「あの時も、こんな天気だった」
 言って、空を遠く眺めた。厚手の外套が、風に殴られ耳元で騒いだ。
「あの……」
 横から、弱々しい声がした。比古は桟李(さんり)がいたことを思い出した。
「ああ、悪い。移動ご苦労様。ご苦労ついでに周防(すおう)を呼んできてくれるか」
 比古の言葉には抑揚がなかった。彼が桟李と話すときはいつもそうだった。彌夕は内気な桟李と執念深い比古に辟易した。
 桟李は口を開けて浅く頷くと、三歩ほど駆けたところで煙のように消えた。その消えた場所を、比古は目を細めて見つめる。
「あいつは、まだいなかったか」
青竜(せいりゅう)が人探しを始めてからよ。周防が見つけたの」
 彌夕は細い指で髪を梳いた。すぐに風に乱される。比古は気付き、森の入り口まで下がった。吹き荒れていた風は木々に遮られる。比古は木に凭れて腕を組んだ。ここだと陽射しも怖くなかった。
「穴のない所からでも出入り出来る奴がいると聞いて、驚いた。羅依(らい)の家で再会したときは、もっと驚いたがな」
 比古は外套の頭巾を外し、銀髪を軽く振った。髪に触れる空気は森に包まれ、涼やかな湿り気を帯びていた。
「あれじゃまるで、獣族(じゅうぞく)だ。薬を打たれて、同じように魔族に飼われていた」
「そいつらは斎園のこととか知ってたのかしら」
「さぁ。おそらく知らないだろう。桟李の能力にも気付いていなかったようだし。大体、そんなものに負ける脆弱な精神に問題がある。力にすぐ屈してしまう。だから数に数えられないんだ」
 白い眉間に皺を寄せて、比古は捨てるように言った。彌夕はため息をついた。
「先に桟李の話題を持ち出したのは比古よ」
「何の話だ」
「嫌ならしなきゃいいじゃない。嫌いなんでしょう、桟李のこと」
 彌夕は非難するでもなく、さらりと言った。比古は忙しなく瞬きをして言葉に詰まった。彌夕は比古を見もせずに続ける。
「別に私も好きじゃないわ。言いたいことも言えないで、時々暴走する馬鹿なんて、どちらかというと関わりあいたくない類いだもの。でも、一緒に行動するようになって、もう十年以上経つんだから。少しは信用してあげないと、今度は比古が他の、例えば私から信用を失うことになるわよ」
 足元の土は黒く、靴越しでも柔らかさが伝わった。彌夕はその土を右足で何度も踏み固め、足裏に土の反撥が感じられるようになると、爪先で掘り返した。
 土の黴臭い匂いが立つ。比古は生家を思い出し、顔を歪めた。
「彌夕は俺を信用しているのか」
「え」
 彌夕は冷え冷えした比古の声に顔を上げた。血色の瞳が揺らぎなく彌夕を見つめていた。彌夕はそれを斜にして受け流し、薄く笑った。
「やめてよ。そういう拷問めいた目。そういうのは好きな女の前でして」
「そんな相手はいない」
「私だけじゃないわよ」
 比古の声を掻き消すように、彌夕は胸を逸らしやや声を張った。木の葉の先に見える空は、澄んで青い。
「久暉も、青竜も、志位も、安積も。みんな比古を信用してるわ」
 言い切る彌夕が、比古には羨ましかった。
 彼女の金色の瞳が、比古の背後、遠くを見遣る。
「あと、彼も」
 顎で指す先を振り返ると、周防の姿があった。
「きっと、誰よりもね」
 そう言って彌夕は周防の方へ歩き出した。